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Nise-Itchatteru Hibi

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Category: train

ありがとうギャラリー号

 ありがとうギャラリー号。

 新造車両を導入 ~当社初のステンレス製車両(新1000形6次車)~ (official release)

 京急ヲタから叩かれまくりのステンレス新 1000 形が今日から営業運転に就くので、いつものようにまったりと地元で撮影。

 自分は外装に関しては殆ど気にならない。旧型国電のデコボコ編成や、103 系の混色編成を好んでたぐらいだからむしろ歓迎。それより、それまで窓が開かなかったのが一部ながら開閉可能になったこと、車端部のクロスシート廃止のほうが乗る方にとってはよっぽど大事。
 通勤電車のくせに窓が開かないなんて狂気の沙汰だからな。JR 東は 209 系で痛い目見て、結局窓は開閉可能に改造してるし、それ以降の通勤車輌はちゃんと窓が開閉可能になってるし。そう言う意味ではアルミの新 1000 形はおかしかった。

 つーわけで、これ 1 本だけにしないでこのまま増備して欲しいところ。顔はちょっと間抜けになっちゃったけどね。

すてせん
初の増結は新 1000 形(1429 編成)

 昨日、病院に行って退院後の経過報告と検査結果を聞きに行く。菌が検出された具体的な数値を教えて貰ったけど、素人が聞いてもよくわからなかったので忘れた。ただ、「通常ではあり得ない数が検出されたので、間違いなく『マイコプラズマ肺炎』です」とのこと。とりあえず退院後もその症状は見られないので、完治ということらしい。ひとまずは安心かな。
 しかし、割と早期に治療が受けられたことと、これに効く抗生剤が開発されているから治ったけど、効く薬が見つかってなければ治らないって事だよなあ。医学の進歩というのは嬉しいけれど、逆にそのおかげで高齢化社会という時代も迎えてしまっている。生きると言うことは大切なことだけど、ホントに難しいことだと思った。

 さて、少しずつ身体を慣らそうと言うことで、5200 形の廃車回送を撮影してきた。先日廃車になった東京都交通局の 5200 形の解体を京急ファインテックが落札したと言うことで、久里浜工場へ今日廃車回送が行われると 2 ちゃんねるのいくつかのスレに書き込みがされていた。釣りの可能性も高いが、家からホンの数分の場所で撮影できるので、これなら別にいいやって事で撮りに行ってみた。
 リークされていたダイヤの時間を少し過ぎた後、本当にやってきた。まさか本当に来るとは。先日のさよなら運転は都営~京成~北総線経由で京急には入ってこなかったので、最後の最後で京急線内で見られたことは感慨深い。
 子供の頃から何故か都営急行が好きで、浅草行くのによく乗っていた。そして、高校通学の朝は都営車の新逗子行きだったのでなおさらだ。5000 形は非冷房で夏は暑かったが、この 200 番台は冷房化されていたのでたまにこれが充当されると涼しくて嬉しかった。

 こうしてまた昭和の車が消えてゆく……。

5200 形廃車回送
 あと 5 秒遅かったら上り快特に被られていた、ギリギリのタイミング

 通勤経路の途中から歩けばそんな遠いところでもないし、天気もいいので散歩がてら行ってきた。オフィシャルリンク

 浅草線スレを見てると朝から阿鼻叫喚の状況だったようだが、昼過ぎにのんびりと着いた頃には人も引けていて、割とのんびりムードだった。撮影会を除いての話だが。:-) 撮影会は当然撮り鉄が殺到して、係員が「(時間入れ替え制のため)時間ねーんだから、撮った奴からとっと届けゴルァ!(意訳)」と拡声器で怒鳴り散らしていた。まあ、いつもの光景やね。やつらに言葉は通じない。

 設備は大江戸線の修繕にも対応したばかりのため、結構きれいだった。5300 形の台車が展示用に置かれていたのでまじまじと観察。車もそうだけど、サスペンション周りの作りは各社の個性が出ていて面白い。説明係の説明では、「新宿線ではコストのためボルスタレスを導入したが、それまで局としては乗り心地重視のためボルスタレス台車は導入しなかった」とのこと。だったら 5300 形はつり革の配置とか、爆音と微振動とか他の面でも気を遣って欲しかったな。

061028lavatory.JPG
 ヤード横のトイレ。塗装が 5300 形と同じでおかしかった

口腔鏡
 帰りに倒産品の特売で口腔鏡が売っていたのを見つけたので購入。昔から欲しかったんだよね

 去年撮った写真が手違いでほぼ全部消えたので、今年も行ってみた。

 今年は多少鉄分のある高校時代からの悪友を誘ってみる。都合により朝一から行くことになったが、すごい行列なので多少時間を潰してからまた行ってみたが、やっぱりまだ並んでいて意味がなかった。
 まあ、行列といってもコミケとかに比べれば屁でもないんだが、悪友はそういうのに耐性がないから仕方がない。行列の耐性ってのもイヤな話だが。:-)

 やっぱり工場見学は鉄道に限らず何度見ても面白い。でかい機械がガンガン動いたり、パーツが所狭しと並べられているのはたまらんな。

203系100番台
 車体吊り上げ実演。間近で見るとなかなか迫力が。100 番台なのでボルスタレス台車

 今日はこないだの EF65-1118 が上りの銀河で帰ってくる。てことで眠いけど地元なら出社前に間に合うってことで、こないだの踏切へ行ってみた。

 行くと既にこんなマイナーな場所でゲバ置き一人、脚立二人。ご苦労なことで。じゃまた一眠りします。

上りレインボー銀河
脚立野郎の肘が映り込んだけど、レタッチで抹消。デジタル恐るべし

ケツ撃ちトワカニ

 「“トワカニ”って何よ?」って思ってたら、トワイライトエクスプレス色のカニ 24 なのね。興味ないから知らんけど、結構無茶な編成なんだな。さしずめ現代版旧客の混色編成ってところ?

 多少鉄分があってカメラ好きの友人から電話が入る。

 なんでも、「横浜駅に大量の鉄ヲタが三脚構えて待ちかまえているけど、何か珍しい列車でも来るの?」とのこと。この時間で珍しい列車といえば、銀河のカマがレインボーで代走ぐらいしか思いつかないので、2 ちゃんねるの銀河スレを見たら案の定。「そのまま待ってケータイのカメラででも撮れば?」と言ったら、「さすがにこれ以上待ちきれないから帰る」とのことで、俺は丁度近くの踏切に行けば確認できるし、見に行ってついでにダメ元で流し撮りしてみようって事で行ってきた。
 初の流し撮りで構図とかピントとかメチャクチャだけど、まあなんとか縮小すれば見られなくもない証拠写真って事で。:-)

レインボー銀河
EF65-1118 が牽引する下り寝台急行銀河

 まだこのネタで引っ張ってみる。昨日、今日とで 3 編成とも新町から久里浜工場へ回送されたようで、今月末付けで廃車と言うことになるのかな。

 さて、今回さよならヘッドマークを付けた編成の車内広告部には、沿線の子供たちが描いた絵が掲出されており、これはかつて走行していた「さわやかギャラリー号」を彷彿とさせるものでした。
 2000 形の 3 扉改造と共に無くなってしまった「さわやかギャラリー号」ですが、今回の企画を見てまた復活しないかなと思いました。

 今は「京急虹計画」と題して 606F と 2157F がブルーに塗装されたうえに虹のステッカーが貼られ、赤の京急の中で異彩を放っています。車内広告も車輌ごとに 7 都市の観光 PR 広告となっていますが、これが終わったら「さわやかギャラリー号」復活なんていうわけにはいかないでしょうか。
 もちろん子供たちが描いた絵を展示するだけなので、広告収入は無くなってしまいますが、地域に密着すると言う意味でも、またああいった暖かみのある企画をして欲しいものです。当時乗り合わせると、2000 形の落ち着いた内装と相まって、全く違った雰囲気でしたし。

 その「さわやかギャラリー号」ですが、当時弟が描いた絵が選ばれて、実際に車内に掲出されたことがありました。そしてそれに描かれているのが、今回廃止となった 700 形でした。
 当時、弟に「京急の絵を描くから写真見せて」と言われ、渡したのが 700 形の写真だったんですが、何故 700 形だったのかは、今となっては記憶になんぞ無いので謎です。:-)

車番は710のようですね…
 これが実際に展示された絵

 神奈川新聞のサイトでも取り上げられていたようで。今日の朝刊にも載ったのかな?

 昨日も書いたように、tvk と NHK が取材に来ていまして、両局とも夕方の首都圏ニュースで取り上げていました。NHK では川崎大師駅長へのインタビューが流れていまして、「私が初めて運転した電車で、扱いやすくて性能のいい電車でした」とコメント。扱いやすいはともかく、性能は…。もしかしたら MTM の組成時に運転したのかも知れませんね。それだったら納得。tvk は運転士のインタビューを流していました。
 神奈川新聞の記事にも出ている運転士は、最後に生麦を通過するときにも運転していたようなので、新町の回送まで一日乗務していたのかな。新町への回送は、至る所で撮影されまくっていたので、思い出深い一日になったのでは無いでしょうか。

品川 3 番線にて
 斜陽の品川駅

 今日が本当の最終日。土曜から風邪気味でちょっときつかったけど、半日おっかけてみました。

 9 時 30 頃、739F が沿線の保育園・園児たちを乗せて川崎 1 番線に入線。各保育園・幼稚園毎に記念撮影。その後再び子供たちを乗せて大師線内を 5 往復したのち、12 時 30 分より川崎駅でお別れセレモニー。テレビ局は tvk と NHK が来ていた。さすがに激混み状態。
 ここで新ヘッドマークを川崎大師駅長に贈呈し、 739 のヘッドマークを「さよなら 700 形」から「ありがとう 700 形」に変更。住み慣れた大師線を後にして品川へ。
 品川では 3 番線に入線。13 時過ぎから 15 時過ぎまで車内も一般開放。その後新町へ回送という流れ。

 予定通りに作られず鈍足車と化してしまったため、本来の性能が発揮できたのはホンの一時期だった 700 形。夜勤の仕事していたとき、出勤時に利用していた上り快特の品川方増結が当時は 700 形で 1000 形をひっさげて快走していたのと、D 急行晩年時に朝は 4 + 4 の 8 輌で運用されていて、それで通勤していたのが思い出。あと、乗ってて車輌故障を体験したのも 700 形だったっけ。

 旧 600 以来の形式消滅になるわけだけど、インターネットで情報氾濫してからと、自分がカメラにハマってから形式消滅なので、車輌に思い入れこそ無かったものの、今までいちばん印象深いかな。ヲタを乗せないで、子供たちを乗せるって言うのもよかったし。とにかくお疲れ様でした。ことでんにいっても頑張って走ってね。:-)

川崎 1 番線
 保育士さんが 700 形をバックに記念撮影

739F と 1317F ちょい無理矢理トリミング
 大師線内を貸切で 5 往復。これからは 1000 形にバトンタッチ

贈呈の後、ヘッドマークを掲げる川崎大師駅長
 ヘッドマーク贈呈。後ろの運転士らが抱えている花束は、子供たちによる手作りとのこと

セレモニー。ヘッドマークを交換
 川崎駅でセレモニー。ヘッドマーク交換後

品川駅 3 番線
 晩秋の品川駅。もうここに来ることは二度と無い

さようなら~
 最後はやっぱり地元で。子供たちが作った助手席側のオブジェが印象的